Top Message/ トップメッセージ

市場回復を受け「進化」と「再生」を加速
持続的成長の基盤確立へ

株式会社吉野家ホールディングス
代表取締役社長 河村 泰貴

コロナ禍3年目の状況下、コスト環境の悪化に対応。
C&C店舗転換が成果を上げ、計画値をクリア。

2022年度は、5月の大型連休において行動制限がなくなるなど、前年度に比べて社会・経済活動の回復が進んだものの、7月には第7波として感染が再拡大し、予断を許さない状況が続きました。外食市場においても、客数の戻りに力強さが欠け、海外でも、特に中国で厳格なゼロコロナ政策が12月まで継続されたことから、極めて厳しい市場環境となりました。
またウクライナ情勢等の影響による原油高に伴い、水道光熱費が大幅に上昇し、原材料価格や人件費、物流費などの高騰と相俟って空前のコストアップに見舞われました。
当社グループは、感染拡大が始まった2020年度に生き残りをかけた「構造変化」に取り組み、売上が2019年度比で90%に低下しても、従前の利益水準を維持できるように損益分岐点の引き下げを行いました。これは、2021年度における利益の回復に大きく寄与しましたが、2022年度のコストアップは、「構造変化」の効果をほぼ相殺する影響を及ぼしました。この1年間、私たち経営陣は、コストコントロールに努める現場の疲弊を懸念し、従業員に向けた前向きなメッセージを発信し続けるとともに、価格改定などの具体的な対応を打ち出していきました。
こうした中で主力の𠮷野家事業は、重点施策であるクッキング&コンフォート(以下、C&C)店舗へのモデルチェンジが成果を上げ、また価格改定の実施をお客様に受け入れていただき、加えて堅調な外販事業が寄与したことなどから、前年度比6.3%増の売上成長を遂げ、利益は前年度を下回ったものの、コロナ禍以前に近い利益率を確保しました。
結果として2022年度の連結業績は、売上高1,680億円(前年度比9.4%増)、営業利益34億円(同45.2%増)とほぼ計画通りの増収・増益を果たし、経常利益87億円(同44.1%減)と親会社株主に帰属する当期純利73億円(同9.2%減)は減益ながら、感染拡大防止協力金が当初の見込みより増えたことなどから計画を上回りました。
コロナ禍3年目の状況下で、コスト環境の悪化に対応しながら本業の儲けを表す営業利益の期初計画値をクリアしたことについては、一定の評価をしています。しかし成長性および収益性の点では、十分に満足な結果とは言えないと考えています。また成長投資については、𠮷野家事業のC&C店舗シフトを計画に近い形で実行しましたが、はなまる事業における新モデル店舗の導入や、新規M&Aの実施は大きな進展がなく、昨年に引き続き遅れが生じました。

あらゆるコストが上昇する中、価格改定を実施しながらも
店舗体験価値の向上により既存店客数を維持。

𠮷野家事業では、2022年10月に「牛丼並盛」をはじめとする主要商品の価格改定を行いました。あらゆるコストが上昇する中、品質を維持しながら商品の安定的な提供を続けるために、必要な対応として実施したものです。また、一部商品については、輸入牛肉の高騰などへの対応として2021年10月にも価格改定を実施しており、今回の価格改定で2年連続の値上げとなりました。おいしく質の高い食事をお求めやすい価格で楽しんでいただくことは、「うまい、やすい、はやい。」を掲げる𠮷野家ブランドの根幹を成す要素であり、日常食の担い手として創業以来守り続けてきた価値観です。外部環境を踏まえた判断ではありますが、私たちにとって値上げは、常に苦渋の決断を強いられる施策です。
一方、お客様のご支持のバロメーターとして重視する既存店客数の2022年度実績は、ほぼ前年度並みで推移しました。加えて、現在の𠮷野家における客単価は、660円前後で推移しており、10年前と比較して200円以上高くなっています。𠮷野家の営業収入は、この10年間で約300億円伸長していますが、そのうち200億円以上が客単価の増加によるものです。
私たちは、物価上昇局面においても安易にコストを転嫁するのではなく、お客様がサービス面でご満足いただけるようホスピタリティの向上を図り、店舗体験として価格以上の価値を提供すべく努力しています。そうした取り組みによって、値上げ後も客数を維持し、客単価の向上を実現しているととらえています。

「再生」に遅れが生じた中期経営計画初年度。
営業利益目標は「進化」のカバーで達成可能圏内。

当社グループは、2016年度から2025年度までの10年間にわたる長期ビジョン「NEW BEGINNINGS 2025(NB2025)」のもと、飲食業を再定義する新たな市場と価値の創造を目指しています。そして2022年度より「進化」と「再生」をテーマに掲げた3ヵ年中期経営計画を始動し、持続的成長に向けた事業戦略を遂行中です。本計画は、3年目の2024年度連結業績における「売上高1,800億円」「営業利益70億円(営業利益率3.9%)」「ROIC 5.0%以上」「D/Eレシオ0.6倍以下」を目標に掲げ、グループ経営の深化と事業戦略を通じて、投下資本効率および利益水準の向上を果たします。
計画初年度の進捗状況として、「進化」への取り組みでは、𠮷野家事業におけるC&C店舗へのフォーマット転換に注力し、年間110店舗(改装・出店)の目標に対して、83店舗の実績となりました。転換後は、多くの既存店で増収効果が認められています。また低投資モデルのC&C店舗実装を確立し、フォーマット転換を加速する体制を整えました。から揚げの販売強化による商品価値の向上や、スマートフォンアプリ・タブレット注文などのデジタル活用も「進化」の取り組み成果として挙げられます。
「再生」への取り組みは、はなまる事業、中国事業、せたが屋について、コロナ禍前の水準への業績回復を目指しているものの、初年度は低迷が続きました。コロナ禍の収束を待ちつつ改善施策を進めている状況ですが、事業環境の好転に際し、追い風を受けられるように各事業とも帆を大きく広げておくことが必要だと認識しています。
中期経営計画では、3年間で400億円の成長投資を予定しており、既存事業を中心とする設備投資300億円、M&A枠100億円を内訳と想定しています。既存事業への投資は、成功率が高まっているC&C店舗へのフォーマット転換を重点対象とし、他には海外事業の強化などに投資します。C&C店舗は当初、計画3年間で500~600店舗の転換を想定していましたが、低投資モデルの導入により、2025年度以降も含めて800店舗まで拡大することが可能と見ています。
一方、M&Aは第4の柱として事業の確立を目指すラーメン業態がメインターゲットです。M&A先の基本条件は、出店投資額や客単価が𠮷野家・はなまると近く、店舗が地域で支持されていることで、東京での事業展開や100%の株式取得にはこだわりません。ラーメン業態と言っても、多数の店舗を運営する大型ブランドを志向するのでなく、複数ブランドによる中規模の展開を方針とし、チェーン系のM&Aはウィズリンク、個店系のM&Aはせたが屋とのパートナーシップでシナジーを生み出したいと考えています。
中期経営計画最終年度の目標数値は、M&Aによる貢献は見込んでおらず、オーガニック成長での達成を目指します。「売上高1,800億円」は、コロナ禍からの回復を得て確実な達成が見込まれ、「営業利益70億円」も、コスト環境が現在よりも悪化しなければ十分に達成可能と考えています。はなまる事業の「再生」がカギとなりますが、仮にこれが遅れた場合でも、𠮷野家事業の「進化」による成長でカバーできる余地があると思います。

「本物の人材活用」による人的資本経営を推進。
すべての「ひと」にチャンスがある企業文化を維持・向上。

2023年3月期より有価証券報告書における人的資本の情報開示が義務化され、各企業は人材活用の観点から経営を見直し、人的資本の可視化・定量化を進めています。
「For the People ~すべては人々のために~」をグループ経営理念に掲げる私たちは、こうした動向以前から価値を生み出す最大の資本として「ひと」を捉え、お客様をはじめ取引先様、株主・投資家の皆様、地域社会の皆様、そして当社グループの従業員のために、何ができるのかという問いを事業活動の根幹に置いてきました。すべての人々に機会を開く会社として、従業員の活躍と成長を促しながら、「ひと」にしかできない価値提供を追求し、社会的貢献につながるさまざまな取り組みを行うことで、自社の企業価値を高めていく。それが私たちの人的資本経営であると考えます。
これまで社内で当然のことと捉え、世の中に強く訴求することなく実行し続けてきた「ひと」への取り組みも、人的資本経営が重視される今、あらためて積極的に発信していく必要があると感じています。
例えば、当社グループが標榜する成果主義は、学歴や経歴を問うことなく、性別や国籍、年齢などあらゆる属性に関する条件を設けずに、すべての人材に対して活躍や成長の機会が与えられる「本物の成果主義」です。アルバイト・パートとして働く店舗スタッフには、常に正社員採用の途があり、社員入社時点から幹部登用への門戸が開かれています。先ほど述べました次期長期ビジョンを策定する「新長期フォーラム」のメンバーも、役職や業績にこだわらず、応募者が提出したレポートの内容と面談だけで判断し、選抜しています。
また人材を育て、活用するだけでなく、「ひと」として大切にするという点でも、私たちは「本物の働き方改革」と言える取り組みを行っています。一例として有給休暇は、社員だけでなくアルバイト・パートの店舗スタッフに対しても付与され、これを消化する機会が与えられます。これは近年の対応ではなく、私自身が𠮷野家の店舗でアルバイトをしていた35年前から有給休暇を100%消化していました。
この人的資本経営を私たちの企業文化として維持し、さらなる可能性をもたらす土壌とすることで、当社グループの持続的成長につなげていきます。
また、次世代経営層の育成をさらに進めるため、エリアマネジャーおよびスーパーバイザーを対象に、経営に関する私自身の学びを伝えていくワークショップ形式の活動を開始しました。
社長就任以来、多くの急速かつ激しい環境変化が起こり、今のところ順風と言える状況には至っていませんが、今期以降はコロナ禍影響からの回復により、追い風となる要素も見込まれ、再成長を期待していただけると存じます。ステークホルダーの皆様には、引き続き当社グループ事業へのご理解と長期のご支援を賜りますようお願い申し上げます。

2023年4月 株式会社吉野家ホールディングス
代表取締役社長 河村 泰貴